田圃の石塊から響く餓鬼の声
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どんな伝承か
花巻農学校の同僚だった白藤慈秀が書き残した話である。賢治は農業実習を終えると実習服のまま、心象スケッチ集を懐に、あてもなく歩きに出るのが常だった。ある日、学校から程近い北万一丁目付近の田圃を歩いてきたと語った。畦道の一隅に大きな石塊が一つだけ置かれ、何の文字も刻まれていない。賢治は、その昔この一帯が野原だったころ人畜を埋葬した目じるしに違いないと考え、石の前に立って経を読み、跪いて瞑想にふけった。すると石塊の下から微かな呻き声が聞こえ、耳を澄ますうちに次第に凄まじい声へ変わった。それは餓鬼の、食物を争奪する叫び声であったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・昭和50年代(1975年前後推定))
文豪たちの心霊体験(あの世はあった)/遠藤周作・三浦朱門の怪異/海外(フランス)での幽霊/怪音と怨念/あの世は存在するか
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花巻市の伝承
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