赤紙を配る夜の兵隊姿の大入道
どんな伝承か
昭和十二年七月十五日、日支事変にともなう最初の召集令状二十枚が王子区役所に下り、配達役には実直で知られた用務員の木村銀一が選ばれた。扱いを誤れば銃殺もあると念を押されての務めである。霧の深い夜、竹やぶと水田と工兵連隊しかない道を赤羽三丁目から袋町へと急いだ。最後の一枚を配り終え、貨物線の八幡神社踏切で一息ついたとき、兵隊姿の大入道が前に立ちはだかり、鞄を奪おうと手を伸ばしてきた。木村は鞄を抱えて地に伏したという。付近では新兵の自殺や上官による撲殺が噂され、話は瞬く間に広まる。当局が打ち消しに躍起になった四日後、木村は同じ踏切で変死した。この一帯で赤紙を受け取った者は一人もいなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談集 幽霊篇(今野圓輔・今野圓輔・日本怪談集・昭和(怪談集成))
日本各地の幽霊・人魂・生霊の実話怪談を十章+幽霊外伝に分類して集成する。