柩の中で生まれた赤子
どんな伝承か
藩政時代、金山の邑主中島伊勢の家臣に四十九院弥五左衛門という侍があった。若年の折、隣家の美女に懸想されて度々恋文を送られたが、固い武辺者であったのでかえって当惑していた。ある春の斗蔵山の観音の祭礼のとき、山道で娘が切々と恋情を訴えると、剛直な若侍は嚇となって一刀のもとに娘を斬り捨ててしまった。自らも死のうとしたが住職に諭され、娘の冥福を弔うことになった。ところが娘の亡霊は夜ごとに訪れ、いつしか契る仲となり、やがて身重になったから赤子を育ててほしいと頼んで消えた。一周忌の頃、墓参に行くと地の中から赤子の泣声が聞こえ、掘ってみると柩の中で生まれたばかりの赤ん坊が泣いていたという。
原典より
藩政時代、金山邑主中島伊勢の家臣に四十九院弥五左衛門という侍があった。—— 宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代))
宮城の民間信仰と禁忌(宮城県史民俗編)/禁忌を破る祟りと火玉/河童・狐狸の怪/年中行事と俗信/地域の幽霊・妖怪伝承