横穴の廟に生きていた常陸坊海尊
どんな伝承か
奥州白河の仁右衛門の丘が大雨で崩れ、村人が切り取っていくと横穴が見つかった。万左衛門が柴燈を持って入ると奥に小さな堂があり、閉じた扉の前に木履がきちんと揃えてあった。翌朝、小役人の太田勘助が来て扉を開けさせると、石床の上に黒衣で白髪の老人が端座していた。老人は元暦文治の世から何年になるかと問い、五百余年と聞くと源義経の末孫の行方を尋ねた。自らを常陸坊海尊と名乗り、義経に仕えた次第と、鐘乳を食らい石芝を嘗めて不老の身となった修行を語った。勘助が、義経は蝦夷に渡り王となったと答えると、海尊は大きくうなずき、さらばと一言残して姿を消し、一潦の水に化したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東北怪談の旅(山田野理夫・昭和49年(1974年)頃)
東北怪談の旅(山田野理夫)/飢饉の非業の死と怨念/巫女(イタコ)の口寄せ/座敷童子・河童の怪/東北各地の幽霊伝承