死相を告げられた二人の武士
どんな伝承か
文化年間の頃、久保田の佐竹家に原田庄左衛門と岡田久八という武士がいた。原田にはフミという妻女がいたが、岡田はまだ独身であった。二人は仲がよくいつも連れ立って歩き、家中でも睦まじいと評判で、男色の噂も立った。あるとき、城からさがってくると旅の僧に呼び止められ、二人とも死相があらわれている、いのちは明晩の丑満刻かぎりだと告げられた。原田は屋敷へ戻ると親類をあつめて別れの宴を開き、僧のいったとおり丑満刻に息を引き取った。一方の岡田は所持金を持って茶屋遊びにいき、僧の言葉も忘れ、丑満刻を過ぎても何事もなく八十歳近くまで生きた。久八の妻女は原田の妻女だったフミであったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東北怪談の旅(山田野理夫・昭和49年(1974年)頃)
東北怪談の旅(山田野理夫)/飢饉の非業の死と怨念/巫女(イタコ)の口寄せ/座敷童子・河童の怪/東北各地の幽霊伝承