楽隊について行き山で果てた五歳の娘
どんな伝承か
明治四十年十一月、今津村で芝居の興行があり、十七日に外題触れの者数人が幟を立て楽隊で各所を廻って連帆に至った。ある家の十八になる子守が二歳の児を負って出ており、楽隊の面白さに付き従って行った。この子守は白痴で言葉も通じかねる者だったという。連帆の広田吾八の五歳の女児ツネも楽隊を見に出て、平生親しい子守に従って行った。楽隊が今津へ帰るのを子守は追って川橋を渡り、ツネも従った。夕方になっても帰らず、川へ落ちたかと舟で探しても跡形がない。二日目に関戸の山畑で子守と背の児が見つかったが、ツネは知れず、数日を経て宇都の原の奥の山路で行き倒れて死んでいるのが見つかった。狐に化かされたのかとも言われた。
原典より
明治四十年十一月、此頃今津村二芝居興行セリ。—— 岩邑怪談録(広瀬喜尚(増補:今田純一/続録・編:藤田葆/付録:静間密/昭和版編集:宮田伊津美)・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩邑怪談録(広瀬喜尚(増補:今田純一/続録・編:藤田葆/付録:静間密/昭和版編集:宮田伊津美)・1976年(昭和51年))
『岩邑怪談録』は、岩国藩士広瀬喜尚の怪談録に後人の増補と続録を合わせ、岩国徴古館が昭和五十一年に発行した資料集である。岩国周辺で人々が出会った化物・大坊主・生首・怪火・狐狸・天狗倒し・幽霊などの話を収め、藤田葆が編んだ『岩国沿革志』のうちの二冊を底本に、なるべく原文のまま新字に改めて載せる。広瀬の本録に、今田純一の追加、藤田の続怪談録と実事談・変死、静間密の付録五話を続け、巻末に語注を付す。