秀屋形の造営に祟った半右衛門の怨念
どんな伝承か
白石の秀郷はもともと豪族の秀氏が拠った土地で、その居館は今の八坂神社が建つあたりにあったと伝えられる。天正二年、龍造寺隆信が近くの須古高城を攻めたとき、秀伊勢守半右衛門は鍋島直茂に請われて龍造寺方に付き、勝利に貢献した。ところが間もなく、理由も判然としないまま切腹を命じられ、領地まで取り上げられてしまう。散り散りになった一族郎党は、この仕打ちの裏に直茂の謀があったとして深く恨んだ。のちに直茂の子・勝茂が同じ地に秀屋形を築きはじめると、工事の途中から不審な出来事が相次ぎ、あの怪猫騒動もその一つだったのだと語られている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪伝説奇聞(東雅夫・2005年(平成17年))
『妖怪伝説奇聞』は、東雅夫が二〇〇五年に学習研究社から刊行した妖怪伝承地の探訪記である。稲生物怪録の木槌、クダン、牛鬼、塵輪、ナメラスジ、八幡の藪知らず、鬼の骨、蛇骨、鍋島の怪猫、児啼爺などを追い、中国・四国・九州ほか各地の寺社や旧家を訪ねて遺物と伝承を確かめる。月刊誌「ムー」の連載「日本伝説紀行」の十二章を三つのカラーグラビアで区切り、巻末に草双紙『鍋島猫騒動』の復刻を添える。