雨の夜の弾薬庫に響く女の笑い声
どんな伝承か
昭和三年ごろ、宇都宮の騎兵連隊での話。来た手紙を皆の前で読まされるほど男女の付き合いが難しい時代で、Aという兵は別れてきた恋人に会いたくてたまらず、弾薬庫の不寝番に立つ夜九時に裏の土手へ来るよう、図面まで書いて知らせた。恋人は喜んで毎夜忍んで来たが、ある晩、交替の直前にAの持ち場が本部に変わり、弾薬庫にはBが立った。雨の中、手ぬぐいをかぶった恋人はいつものようにあんたとささやき、誰何されても笑って飛び出したため、Bは銃剣でめった突きにした。以後、雨の夜には弾薬庫で笑い声がすると噂になり、Aは罰せられてのちに正気を失ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 軍隊(松谷みよ子・民話・口承文芸)
『現代民話考 ― 軍隊』は、松谷みよ子が編んだ、軍隊と戦争をめぐる現代の民話の集成である。日本民話の会の雑誌『民話の手帖』での呼びかけやアンケート、聞き書きによって寄せられた話をもとに、十五年戦争を中心に徴兵検査から新兵のしごき、戦地、虐殺や飢え、敗戦、収容所、戦犯、軍隊生活の怪談までを収める。巻頭に序文「明日の民話のために」と論考「軍隊考」を置き、十三の部に分けた各話の末に話者と回答者の名と在住地を記す。