市中へ出し奇獣の事
どんな伝承か
寛政十一年六月十八日の夜、子の刻を過ぎたころ、馬喰町一丁目の庄左衛門の地借りで小商いをする安兵衛の家に、灯火の油をなめる見慣れない獣が出て捕らえられた。町廻りの者が南町奉行所へ持ち出したのを見ると、近ごろ下総の八幡村の社に出て捕らえられ、御鳥見から公儀へ差し出されたものと同じ獣だった。鼬より大きく猫のような姿で、毛は黒と黄のまだら、口と鼻がとがり、目のまわりが角張った気味の悪い獣だという。奉行所の前で人々に見せたが、その後は見たければ銭を払えと見世物にして、大いに儲けたという。
原典より
鼬よりは大にして、猫のやうなる形ちにて、毛色黒黄斑にて、口鼻とがり、眼のやう角張りて不気味なる獣なり。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。