八幡不知の藪で医者が泣く
どんな伝承か
明治十年四月八日、大阪難波新地にできた「八幡不知」の藪の中で、二十四、五の大男が助けてくれと泣きながらわめいた。何事かと客も木戸番も駆けつけて尋ねると、男は涙を払い、自分は島根県出雲国大原郡養賀村の野々村三益という医者で、薬品買い入れのため初めて大阪に出て江戸堀上通の出雲屋永助方に止宿しており、暇なので運動かたがた藪へ入ったが、二時間あまり右へ行き当たり左へ行き当たりして出る道がなく、もはや再び帰国できぬと思わず声を発したのだと語った。集まった人々は堪えきれず一同吹き出し、医者は大いに恥じて帰ったという。
原典より
「大阪難波新地へ出来た八幡不知の藪の中で、今月八日に二十四、五の大の男が、大声をあげて助けてくれ助けてくれと泣きながらわめくゆえ、…—— 日本怪奇集成-明治大正昭和篇(富岡直方 編著) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪奇集成-明治大正昭和篇(富岡直方 編著)
『日本怪奇集成-明治大正昭和篇』は、富岡直方が編んだ怪奇実話集である。明治元年から昭和七年までに各地で起きた幽霊や狐狸の怪、畸形や奇病、天変や奇瑞、世相の珍事を、当時の新聞・雑誌の記事と筆者自身の聞き書きから集めている。明治・大正・昭和の三篇に分け、話ごとに年月を掲げて通し番号を振り、新聞記事を引いたうえで紙名を末尾に添える形を基本とする。