老僕奇談の事
どんな伝承か
本郷の信光寺店に、古庵長屋などと呼ばれる片側町があった。文化二年の春ごろ、この町の質屋三河屋に、五十を過ぎた下男が長く仕えていた。まじめで私心がなく、主人も目をかけていた。文化元年の暮れか二年の春、この界隈で小火があって一、二軒が焼けたが、下男はその前から「このあたりに火事があるだろう」と言って、仲間に笑われていた。いざ火が出ると、下男は「三河屋は心配いらないから道具を片付けるには及ばない」と止め、はたして火はほどなく収まり、三河屋は無事だった。その後、下男は盗賊火附改の戸川大学のもとに捕らえられ、取り調べを受けたという。
原典より
本郷信光寺店に、古庵長屋など、いへる片側町ありて、予が親族山本某も彼街に住けるが、…—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。