新富座の楽屋の生霊
どんな伝承か
新富町の新富座は、木挽町の歌舞伎座に次ぐ劇場だった。楽屋番の常公が夜回りに二階の大部屋を通ると、下回りの若い痩せた男が、寒いのに浴衣姿で鏡台の前に座っている。声をかけて近づくと、髪はもじゃもじゃで眼が窪み、土色の顔の口元から黒い血が垂れていた。常公は悲鳴を上げて気を失う。代わりに立った由松も、様子を見に行った松造も、同じ姿を見て倒れた。座付作者の竹柴が人相と浴衣の柄から下回りの亀次郎と当たりをつけ、見舞うと、亀次郎は師匠に叱られた恥から毒を仰いで危篤だった。三日後に世を去った。
原典より
* 柴薪を寺へ運んだ生靈* 子供の幽靈* 死出の暇を乞ふ幽靈* 失戀青年の幽靈* 目にうつる學生服* 自殺して愛人の枕元* 親友の幻影—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が昭和十三年に編んだ幽霊譚と幽霊論の集成である。葬送の習俗や海外の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜の作用による幽霊の説明、乃木大将や許斐大尉の見た幽霊などの実話、古典や伝説に現れる男女の幽霊・怨霊・生霊、幽霊写真、化物屋敷、霊界通信を集める。三篇に分かれ、第二篇は幽霊を男女・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・食物に縁ある幽霊・前知らせなど八項に分類し、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。