徳島城の石垣に埋めた五輪塔
どんな伝承か
天正十三年、阿波に封じられた蜂須賀家政は渭津に新しい城を築こうとしたが、その地に庵を結んでいた素月坊が立ち退きを拒んだため、首をはねさせて庵を取り壊した。すると素月坊の亡霊が夜ごと家政の夢に現れて苦しめたので、家政は供養のため二基の五輪塔を造らせ、城の石垣に築き込ませたところ、亡霊は出なくなったという。素月坊の子の範月に替え地を与えたという別の伝えもある。徳島城の石垣には、形を崩した五輪塔が実際にはめ込まれている。
原典より
ところが素月坊の亡霊が夜な夜な現れて家政の夢を脅かすので、家政はその供養のために二基の五輪塔を造って石がきに築き込ませたため、それからは亡霊も夢に出なくなったというのである。—— 阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年))
『阿波の怪談』は、横山春陽が昭和三十三年に編み、徳島新聞出版部から発行した郷土の怪談集である。徳島県の各地と土佐との国境の山中に伝わる山女郎、淵や池の主、カッパ、亡霊、火の玉、タヌキやキツネ、大ジャの話を、平安朝の言い伝えから藩政期、明治・大正、昭和の出来事まで、編者が古老に聞き、書物から拾って題ごとに並べる。おわりにでカッパやヘビの話の多い地域や海の話の少なさについて記す。