もつれ合う火の玉の正体
どんな伝承か
明治の初め、徳島市西大工町に峯という散髪屋があった。髪結いからの転業で仕事もうまくなく、細々と暮らすうちに女房のまきに先立たれ、まもなく自分も後を追って家は空家になった。やがて雨の深夜に夫婦の亡魂が火の玉となって町でもつれ合うと噂が立ち、夜が更けると人通りが絶えた。旅館岩崎屋を定宿にする呉服屋の手代が正体を見届けようと雨の夜に町へ出ると、黄色い一すじの光が雨の糸を横に切ってもつれ合う。節穴からのぞくと、人力車製造業の大西友三郎が天井から吊ったランプを回しながら夜業をしているのだった。当の大西は評判を少しも知らずにいた。
原典より
やがて雨の深夜にこの夫婦の亡魂が火の玉となって町でもつれ合うといううわさが立ち、夜が更けると人通りも絶えた。—— 阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の怪談(横山春陽・郷土怪談・民俗・1958年(昭和33年))
『阿波の怪談』は、横山春陽が昭和三十三年に編み、徳島新聞出版部から発行した郷土の怪談集である。徳島県の各地と土佐との国境の山中に伝わる山女郎、淵や池の主、カッパ、亡霊、火の玉、タヌキやキツネ、大ジャの話を、平安朝の言い伝えから藩政期、明治・大正、昭和の出来事まで、編者が古老に聞き、書物から拾って題ごとに並べる。おわりにでカッパやヘビの話の多い地域や海の話の少なさについて記す。