無学の霊媒が書いた梵語と諺文
どんな伝承か
岡崎の萬燈山の霊媒、内田専亮氏は、自身はまったくの無学者でありながら、ある学者の霊が憑くと、著者の目の前でサンスクリットや朝鮮の諺文を自由に書いてみせた。著者がその様子を細かく観察すると、どうしても手が筆を使っているのではなく、筆のほうが手を引きずっているように見えたという。著者は、こうした場合には霊媒の人格はほとんど背後に引っ込み、大部分は憑いた霊の意識で働いているものと推定している。メルボルンの少女の例と並べて、交霊説でなければ説明しにくい自動書記の例として挙げられている。
原典より
仔細にその状況を観察して居りますと、ドーしても手が筆を使ふのでなく、筆の方で手を引摺るやうに見受けられます。—— 心靈講座(浅野和三郎・心霊研究・講座・1928年(昭和3年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心靈講座(浅野和三郎・心霊研究・講座・1928年(昭和3年))
『心靈講座』は、浅野和三郎が昭和三年に著した心霊研究の講義書である。催眠現象から人間に霊魂が宿ることを説き起こし、欧米の心霊研究の歩みをたどったうえで、物質化・心霊写真・直接談話・卓子浮揚・物品引寄・霊視・霊言・自動書記の各現象を、クルックスやモーゼスらの実験と記録に拠って検討する。第一講から第十講までと結論から成り、結論では心霊研究が人生や信仰に及ぼす影響を論じ、新霊魂説の七大綱領の訳を載せる。