姫路城を見上げるトインビーの沈潜
どんな伝承か
歴史家トインビーは、生涯に六度、過去の歴史的事件の当事者たちと一瞬心が通じ合う体験をしたと自ら書き残している。著者はその資質を裏づける資料として、一九五六年秋の来日時に同行した鶴見良行の印象記を引く。九州から神戸へ戻った一行は、城を見るためにわざわざ姫路まで車で引き返し、激しい豪雨に見舞われた。博士はためらいもせず古びたバッグから雨合羽を出して羽織り、旅の間手放さなかった古風な傘をさして城の見物に出た。雨に白く煙る城郭を見上げる博士の顔には、会議の席でも見せた空漠とした沈潜の表情が浮かび、鶴見は博士の魂が体を離れて遠い過去の文明と交わっているのではないかと想像したという。
原典より
しのつく雨の中に白くけぶる城廓を見上げる博士に、私はふたたび例の空漠とした沈潜の表情を見出した。—— 霊の世界 ― 小品集(田中千代松・心霊研究文庫III・1978年(昭和53年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊の世界 ― 小品集(田中千代松・心霊研究文庫III・1978年(昭和53年))
『霊の世界――小品集』は、田中千代松が新聞・雑誌に寄せた心霊研究の随筆や小論に手を加えて集めた心霊研究文庫の第三冊で、はしがきは一九七八年十一月の日付である。SPRの成り立ちや催眠術・超心理学の来歴、クルックスやフラマリオンを論じる文章のほか、土井晩翠・河上肇・福来友吉の挿話、平田篤胤が記した仙童寅吉、秋山真之の霊夢などを収める。「エッセイ種々」「群像」「ものがたり回顧」の三部に分け、多くの篇に初出の誌名と年月を添える。