天守で若侍が対面した小刑部姫
どんな伝承か
播州姫路城の天守には古くから小刑部姫という妖怪が棲むと言われ、三階から上は昼でも登るのを禁じられていた。城主松平大和守義俊の時代、秋の雨の夜に宿直の侍たちがこの話をしていると、若侍の森田図書が正体を見届けると言って雪洞を手に天守を登った。最上階の部屋の杉戸を開けると、十二単に緋袴の色白で鼻筋の通った三十四、五の女が机を前に座っていた。名乗って事情を述べると、姫はここは人の来る所ではないとたしなめ、来た証拠にと引きちぎった兜の綴じを与えた。翌朝、殿が家重代の兜を改めさせると綴じがちぎれており、合わせるとぴたりと合ったという。
原典より
播州(兵庫県)姫路城の天主閣には古来小刑部姫という妖怪が棲んでいると伝えられていたが、その建造物の三階から上へは昼間でも登ることを禁じられていたから、その正体を見届けたものは誰一人なかった。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。