牢を破って逃げた良順と師の方丈
どんな伝承か
かんぬきが焼けて脆くなると、二人はそれを突き折り、松の枝を足がかりに塀を越えて別々に逃げた。良順は服部川を渡し舟で越えて長三郎を待ったが来ず、上野の車坂のほうに御用提灯の灯が見えたので東へ走った。四里東の柘植には師の徳永寺があるが、真っ先に手が回ると考えて山越えに道を変え、懇意の極楽寺の和尚にかくまわれた。そこへも捕手が来て裏門から逃げた。徳永寺の静永方丈は、伊勢境の一つ家と近江境の余野の番人を呼んで、弟子を見逃してくれと頼み、余野の番人は十両なら目をつぶると答えたが、金策に手間取るうち良順は捕らえられた。二年ほど牢にいて放たれたが、間もなく病死したという。
原典より
良順は二箇年ばかり牢屋にゐて されたが間もなく病死したと云ふことである。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。