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足利三代の木像の首を晒した天誅

所在地京都府京都市北区(等持院)
年代文久三年二月二十三日
登場激徒
出典奇談全集 現代篇

どんな伝承か

文久三年二月二十三日の夜、激徒の一団が等持院に入り込み、足利三代の木像の首を引き抜いて持ち出した。やがて三条河原へ行って首を並べて立てかけ、傍らに標札を打ち立てた。そこには、名分を正すべき今日にあたって、鎌倉以来の逆臣は一々吟味して誅すべきだが、まずはこの三人の木像に天誅を加える、という趣旨が記され、日付は文久三年亥二月二十三日となっていた。生身の人を斬る天誅が続くなか、木像までもが晒されたのである。

原典より

正名分之今日に當り、鎌倉以來の逆臣、一一途吟味可誅、 三正 だるにより、先は へ加天誅侯也。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)

『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。

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