天誅として晒された目明し文吉と与力
どんな伝承か
島田左近が殺されたあと、京都では晒し首が相次いだ。九月一日には目明しの文吉が三条河原に、同じ月の二十四日には町奉行所の組の与力渡辺金三郎と同心二人が、粟田口の刑場に首を晒された。いずれにも、島田左近に味方して悪事を働いたので天誅を加える、という意味の立札が添えられていたという。島田に仕えた手先と役人が、そろって標的にされたのである。
原典より
そして、九月朔日には目あかし文吉と云ふのを三條河原に、同二十四日には町奉行組の與力変邊金三郎、及び同組の同心二名を粟田口の刑場に貸首した者があつたが、…—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。