蠅供養
どんな伝承か
まだ二月の余寒の強い頃、京の寺町通り松原下町にある飾屋で、主の九兵衛が火鉢にかざした右手の甲に一匹の蠅がとまった。時季外れの蠅を不審に思って追うと、蠅は帳場格子の上へ移った。奥の部屋では女房と娘が向き合って針仕事をしており、そこへも蠅が飛んで来て女房の手にとまり、女房は「時知らずの蠅じゃよ」と言った。昼食の折には九兵衛の手首に、午後には帳場と表座敷に、夜には行灯の障子にと、同じ一匹らしい蠅が家じゅうに現れ続けた。九兵衛は潰さずに掌ですくい、雨戸を細く開けて外へ捨てた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ)
『日本の怪談(二)』は、田中貢太郎が著した怪談・奇談の短編集である。著者の郷里である土佐の高岡郡や長岡郡の山村の話を多く含み、越中の放生津や立山、利根川の河口、館林の城下、江戸の碑文谷などを舞台に、蟹や蛇の怪、鮭の祟り、山姑、亡者宿、切支丹の処刑にまつわる怪異を物語の形で書く。「蟹の怪」から「鶏物語」まで二十八篇を収め、友人から聞いた話として語る篇もある。