戦死を知らせに来る夫
どんな伝承か
上海戦線の大激戦となった呉淞クリークの渡河で、福井部隊が敵前渡河を敢行した十月六日の午後、軽架橋を前に部隊が敵の猛射にたじろいでいたとき、武者震いして橋の上に躍り出た兵がいた。飛ヶ谷信四郎上等兵である。部隊は励まされて渡河を終えたが、飛ヶ谷はそのまま敵の掩蓋銃座へ突進して戦死した。その最期は小白隊長から東京市大森区調布千鳥町の留守宅へ報じられ、妻の志津子は礼状の末尾に一首の和歌を添えた。訪ねた記者に志津子は、六日の晩に夫が枕もとへ来て、にこにこしながら俺も名誉の戦死をしたよと言った、知らせに来てくれたのだと語って泣いた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。