稲荷の坂を登る丑の時参りの女
どんな伝承か
玉谷高一が語った話。故郷の広島県御調郡三原町には、町の背後の山の麓、急な坂を二町ほど登った所に切立神社という稲荷の社があった。十二、三歳の頃、社の近くに建つ素封家の別荘の番をする友人Kの兄に誘われ、少年十人ほどで泊まりに行った。夜半、小用に起きて窓の外を見ると、白衣で頭に火のついた蝋燭を立て、胸に丸い鏡を掛け、一本歯の足駄を履いた女が坂を登ってきた。Kの兄は丑の時参りだ、見たと知れたら大変だと言い、皆震えながら雨戸の隙から見送った。翌朝社を探すと、横の老木に女の絵姿が数本の釘で打ち付けてあった。女は夫を女髪結に奪われた大工良吉の女房で、のちに肺を病んで死んだという。
原典より
* 大樽滝の白蛇 (222)* 平山婆 (224)* 寄席の没落 (226)* 劇場売店の怪異 (229)* 金の義歯 (230)* 隱形術 (232)* 被服廠で死んだ友人 (232)*…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。