長州征伐を皮肉った野田村の判じ読み
どんな伝承か
第二次長州征伐のころ、刈谷領野田村の農民たちが作ったとされる判じ物の落書がよく知られている。三段に並べた漢字と片仮名を「東から何しに来た」「征伐措け、勝てん」と読み解かせるもので、東から攻め上る幕府の長州攻めを皮肉ったものである。著者はこれを、遠江大嶺村の名主青山家の日記に書き留められた「天下に人なし」などの判じ読みと並べて紹介し、長く続いた徳川の世が大きく変わろうとしていることを、人々が感じ取っていた例としている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。