小松川の神力坊で再会した倉吉霊
どんな伝承か
市原の道場で浄められた倉吉霊は、去り際に、何年かかるか分からないが修行ののち再び守護霊として現れると言い残し、それきり黙っていた。その後著者は身延山神力坊の原上人を師と仰ぐようになり、当時小松川にあった神力坊の道場へ昭和十一年三月二十三日に初めて参って祈禱を受けたところ、倉吉霊にふたたび会うことができた。倉吉は七代前、およそ二百年前の祖先で、福井の扇屋玉雪堂の番頭だった者だという。守護霊となった証しに、六月一日に著者の最も喜ぶことを見せると告げて言葉は止んだ。ちょうど手ごろな家を探していた著者は、その日を心待ちにしたという。
原典より
当時神力坊は小松川に道場がありまして、昭和十一年三月二十三日始めて参詣し、原上人の祈禱を受けました。—— 心霊の開発 ― 神のしくみ(福田倉子・心霊修行・霊媒・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊の開発 ― 神のしくみ(福田倉子・心霊修行・霊媒・1966年(昭和41年))
『心霊の開発 ― 神のしくみ』は、千葉で浄霊真手道場を開いた霊能者の福田倉子が、自らの霊的体験をまとめた本であり、昭和四十一年一月付の跋文を付す。気合術や法華行者・身延山の上人のもとでの修行、千鳥会の降霊会、霊媒として死霊や生霊、動物霊に向き合った事例、真手による浄霊と天福地蔵尊の由来などを記す。第一部「心霊へのみち」から第五部「神のしぐみと使命」までの五部に分け、あとがきと坂田武俊の跋文を置く。