女行者の家で旧友と再会した浅野
どんな伝承か
三男の病気が治って一か月あまり過ぎた大正四年の暮れ、浅野和三郎はいつもの夕食後の散歩の途中、ふと思い立って横須賀の女行者石井ふゆの家に立ち寄った。そこで思いがけず、海軍機関学校でかつて同僚だった海軍中佐の飯森正芳とばったり顔を合わせた。飯森は海軍を自ら退き、宗教運動に加わっていると噂に聞いていたが、今は丹波綾部の大本教本部に籍を置いていると、浅野はこのとき初めて知った。この再会が浅野を大本へ導くきっかけとなり、翌年四月には自ら綾部を訪れることになる。
原典より
ところがここで図らずも、元海車機関学校教官で同僚だった海軍中佐飯森正芳とばったり出逢うめぐりあわせとなった。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。