伏見稲荷山で聞いた霊鳥地下に棲む
どんな伝承か
岐阜県根尾村の建設業者で村議会議員の若森常次郎は、四十年来伏見稲荷を篤く信じ、毎年正月六日には欠かさず詣でていた。昭和三十七年一月六日の午前二時、粉雪の降る伏見稲荷山の三ノ峰で一心に祈っていると、鳥のさえずりのような不思議な声で、霊鳥地下に棲むと聞こえた。同じ声はその年の五月の節句の夜にも稲荷山で、九月の菊の節句の夜には自宅の神殿でも聞こえた。若森は長いあいだその意味が分からなかったが、のちに持山の赤倉山から孔雀石を掘り当てることになる。
原典より
それは恰も鳥の囀るような微妙な声であって、若森さんの耳には「霊鳥地下に棲む」と響いたのだった。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。