生鮒の俎板儀式と直会
どんな伝承か
津島神社の田祭りが終わると、氏子総代も交えず招待客の四人だけが拝殿での直会に加わった。まず、神前に供えられていた大鮒を若い神官が清めた俎板に載せて鮮やかにさばき、刺身にした。神官たちはお神酒を受けて刺身を口にしたが、生の鮒を食べたことのない著者は気味悪さをこらえて一切れを口にし、すぐに酒で口直しをした。神道の作法に慣れない同行の学者三人は、箸もつけずに敬遠していたという。
原典より
私は生の鮒を食べた経験がないので、ちと気味が悪いのを我慢し、大袈裟にいえば「勇を鼓して」恭しく一切れを戴き、すぐさま口直しのためにお神酒をぐっと呑み干したもんだ。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。