松太郎が言い当てた赤木忠春の霊の姿
どんな伝承か
明治十一年一月、黒住教の教師杉島信衛は、大阪南堀江の恒原家で、天満宮に仕えて幽冥に通うという松太郎を禁厭で癒やしたのち、その話がまことかを試すために問いを重ねた。幽冥で宗忠の神の弟子たちに会うかと聞くと、百姓風の人が多く、宗忠が一番気に入っているのは赤木忠春だと言う。どこで会ったかには、泉州堺の神明、大阪の旭神明、天満の皇大神宮と答え、年は五十余り、背が高く顔は長く色黒で歯が出ており、ふだんは鼠色の紋付に黒の三つ紋の羽織、祭りには浄衣に烏帽子で笏を持っていると姿を語った。忠春は五十歳で世を去っており、年のほかは少しも違わなかったので、杉島は松太郎の幽冥通いを疑う余地がないと思ったという。
原典より
其の御形ハ背が高く、頭顔長く、色は黒く、歯ハ出てあり、服装ハ平生ハ鼠色の紋付に、白襟の単絆に、黒の三ツ紋の羽織。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。