寄祈祷で石鎚神を名乗った古川治郎
どんな伝承か
安政二年四月二十九日の夜、喉痺で物も言えなくなった川手文治郎のため、身内が表の間に集まって寄祈祷を行った。石鎚山の先達をつとめる義弟古川治郎が御幣を手に神壇の前に坐り、神々の降臨を願うと、顔が赤らみ唇が震えだし、人が変わったような厳しい顔つきで石鎚神と名乗った。神は建築と移転について豹尾金神に無礼をしていると言い放ち、舅の八百蔵が方角を見て建てたと反論すると、それなら家が滅び主人が死んでもよいのかと詰め寄った。隣室で聞いていた文治郎が心の中で詫びた瞬間、詰まっていた喉が開いて声が出たという。
原典より
『建築、移転につき、豹尾金神に無礼をいたしおる』—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。