獄中の人相占いから生まれた観相家水野南北
どんな伝承か
安永の頃、摂州大阪の下福島に生まれた水野南北は、十七、八歳から二十二、三歳までの間に三度も投獄されたほどの悪者だった。獄中で他の囚人たちの人相をつくづく見ては各人の生死禍福を占ったところ、百発百中、一度も外れなかったと伝えられる。この経験から観相への興味を深め、後に人相見に自らの凶悪な骨相を占わせて奮起し、髪結い・湯屋の三助・火葬場の隠亡を経験しながら人体を研究し、天下第一の観相家になったという。
原典より
かつて獄中にあるとき、他の囚人どもの人相をつくづく見て各人の生死禍福その他を占うに百発百中、ただの一回も外れなかったと伝えられる。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。