幼い児に神憑りして告げた祭神の名
どんな伝承か
明治四年十一月十二日の夜九時ごろ、足摺山の白皇神社で内陣が開かれた。中には十二体の像があっていずれも仏体で神璽は一つもなく、傍らの錠のかかった厨子を破って見ると神体三体が納められていた。しかし何の神か誰にも分からず、一同は黙然としていた。そのとき社司北代氏の十歳に満たぬ児が独りで進み出て神前の幣を取ると、たちまち神憑りとなって祭神三柱の神名を告げ、新たに猿田彦神の神璽を設けて合わせ祭れと教示し、その幣を祭主宮地布留部に渡したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。