堂守が語った文殊堂の由来と調査
どんな伝承か
女子学生三人のノイローゼが解けないため、福来心理学研究所の会員加藤和男が単身で文殊堂を調査した。停留所で降りて見渡すと、前は広瀬川が曲がって流れ、右に亀岡、左に大崎八幡の森が見え、その狭間から仙台の市街が一望される高台で、作並街道の入口にあたる。道路ぎわの高い石段が鷹巣山文殊堂の参詣口であった。加藤は学生と同じ行動をなぞって堂の縁に上がって格子戸から神鏡を見つめ、催眠術の訓練で得意なトランス状態に入って待ったが、何も感じなかった。赤ひもを見たという辺りにも異状はなく、ひもを掛けられるような枝さえ見当たらない。堂守の嶺氏は、当日ごろ地震はなく、堂が揺れることも赤ひもを掛けた覚えもないと語った。
原典より
ところで、三人の女子大生だが、ノイローゼ状態からいっこうに解消されない。—— 日本の四次元(鈴江淳也・心霊・四次元・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の四次元(鈴江淳也・心霊・四次元・1973年(昭和48年))
『日本の四次元』は、鈴江淳也が昭和四十八年に著した超常現象の取材記である。幽霊の出る家や競馬場、古武士の怨念、守護霊、心霊写真、新幹線の四次元地帯、心霊治療、物品引き寄せ、てのひら療法、比婆山の怪獣やツチノコ、死後も占う易者犬などを、当事者を訪ねて聞いた話として記す。「幽霊と怨念の世界」から「動植物の驚異」まで六部に分け、あとがきで大陸書房刊『日本の奇談』『現代の怪奇』に続く第三弾と述べ、問い合わせ先を挙げる。