堂守が語った文殊堂の由来と調査
どんな伝承か
女子学生三人のノイローゼが解けないため、福来心理学研究所の会員加藤和男が単身で文殊堂を調査した。停留所で降りて見渡すと、前は広瀬川が曲がって流れ、右に亀岡、左に大崎八幡の森が見え、その狭間から仙台の市街が一望される高台で、作並街道の入口にあたる。道路ぎわの高い石段が鷹巣山文殊堂の参詣口であった。加藤は学生と同じ行動をなぞって堂の縁に上がって格子戸から神鏡を見つめ、催眠術の訓練で得意なトランス状態に入って待ったが、何も感じなかった。赤ひもを見たという辺りにも異状はなく、ひもを掛けられるような枝さえ見当たらない。堂守の嶺氏は、当日ごろ地震はなく、堂が揺れることも赤ひもを掛けた覚えもないと語った。
原典より
ところで、三人の女子大生だが、ノイローゼ状態からいっこうに解消されない。—— 日本の四次元(鈴江淳也・心霊・四次元・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の四次元(鈴江淳也・心霊・四次元・昭和)