首を追って武州へ来た将門
どんな伝承か
天慶三年五月、京でさらされた平将門の首は目を閉じることなく、自らの胴を求めて東国へ飛んだと伝わる。落ちた先が今の大手町の首塚だという。『將門純友東西軍記』は、首を追って武州へ来た将門のむくろの霊が荒れて土地の人を悩ませたので、一社を建てて神田明神と号したと記す。将門は貞盛に片目を射抜かれていたため、村人はその社を片目明神とも呼んだ。神田明神は胴を祀る社であり、非業の死を遂げた者の霊を鎮める御霊信仰に基づくという。台東区浅草の鳥越も、首が飛び越えた土地が語源だと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路・幽霊・文学史・昭和)