大袖の袖口から湧き出す無数の手
どんな伝承か
七月七日、稲生屋敷の台所の入口いっぱいに白い大袖が現れ、その袖口から大きな手が突き出た。すりこぎのような手で、指先は握り拳のように丸く白い。見ているうちにその手の先からまた同じ手が出て、さらにその先から人の手ほどのすりこぎ手が次々に生え、サボテンのようにしだいに小さくなりながら数えきれないほど蠢いた。やがて、丸い目をして串刺しになった坊主の首が、串を足に、すりこぎを手にして跳ね回り、寝ている平太郎の顔に冷たく触れては消え、また湧いて出たという。
原典より
七月七日には、台所の入口いっぱいに白い大袖があり、その袖口から大きな手が出てくる。—— 日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が書きおろした日本文学の幽霊論で、刊行は日貿出版社が手がけた。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『日本霊異記』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じ、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。