九月から踊りがはやった南都
どんな伝承か
大和で中身までわかる札降りの例は十月からだが、桜井の法念寺の住職が書き留めた過去帳には、九月上旬から南都で踊りが大はやりしていたとある。大和高田の豪商村嶋長三郎の記録も、大和では九月に南都から始まって、町場から小さな村まで残らず太神宮の札が降ったと伝えている。著者はこの二つから、奈良の町には慶応三年九月の初めに札が降っていたとみている。
原典より
奈良市中には九月初めに降札があったことになる。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。