坪井信良が見た京都の乱舞
どんな伝承か
慶応三年秋、京都市中の「お札降り」に続く乱舞の様相を、蘭方医坪井信良が書翰に記した。降札のあった家は店前に神座を設けて灯燭を点じ、酒餅を供えて親類朋友隣近を招き、酒宴を開いた。店外には大竹二本を立て注連を飾った。多人数が群をなし、娘は若衆となり、老婆は娘になり、男子は女の服を着て躍り廻った。貧富大小の差別なく、皆が商売を休み家を空にして騒ぎ廻り、町方取締役人が制しても耳に入らなかった。市中の者は残らず狂気の如く、七八日は丸で夢中で日を送ったという。
原典より
市中ノ者残ラズ狂気ノ如ク、七八日ハ丸デ夢中ニテ日ヲ送レリ。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。