三重村佐喜蔵家への練り込み
どんな伝承か
丹後中郡の三重村では、十一月晦日から翌年四月八日までに一三件の降札が知られる。大黒天から降り始まり、伊勢皇太神宮は二枚だけで、あとは一枚ずつ一一種類と、特定の神仏への集中はみられない。戊辰四月二日に太神宮と不動尊が降った佐喜蔵家には、翌日、隣りの森本村の家主連中・小供中と、三坂村の家主・若連中が練り込んできたという。
原典より
戊辰四月二日に太神宮と不動尊が降った佐喜蔵家には、翌日隣りの「森本村家主連中・小供中、三坂村家主・若連中」が練り込んでいる(永島宇平『三重郷土志』)。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。