甚五郎松(人柱)
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どんな伝承か
元禄13年(1700)の宮沖新開干拓で潮止めが難渋し、人柱が必要とされた。袴に横継ぎのあたっている者を人柱にする取り決めで、甚五郎という実直な男が選ばれ人柱になった。供養に植えられたのが甚五郎松と伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
三原市史 第7巻 民俗編(現代(市史民俗編))
広島県三原市の伝説。大豆を荒らし殺されて祟る神馬、痛みを癒す温石、夜泣きを治す霊木、伐っても元に戻る大楠と一家全滅、子を盗む山ん婆、家に従う蛇ヤムシロ、干拓の人柱・甚五郎松など、祟り・霊験・人柱の伝説を収める市史民俗編。
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