警察に閉ざされた心理治療研究所
どんな伝承か
明治四一年、当局は決断を下し「警察処罰令」を発した。その第十九項は、濫りに催眠術を施した者を三十日未満の拘留または二十円未満の科料に処すと定める。ブームは急速に鎮静し、町や村を巡業していた催眠術ショーは影をひそめた。東京は麹町に「心理治療研究所」を設立し、主として脳神経衰弱症の治療を研究し施術していた森下幽堂も警察の執拗な干渉を受け、ついに研究所を閉鎖せざるをえなくなる。気合術と暗示法をミックスした独創的な治療法を開発しながら、彼は後世の研究者のためにと『心理応用・脳神経衰弱必治策』を書き残し、術の前途を悲観する言葉を記していずこともなく消えていった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・現代(著述))
井村宏次『霊術家の饗宴』。明治末から昭和初期にかけて隆盛し、抹消された〈霊術家運動〉の歴史を発掘・復元する。プロローグで霊術家の運命を予告し、第一章では気合術師・浜口熊嶽が帝都に乗り込み九字と気合の嵐で名を上げ、明治の心霊手術を行い、実川上人のもと那智滝で仙人修行・三密の極意を得て、大阪の『真言秘密』裁判で判官臨席の気合術実験により勝利するまでを描く。