梁の上に捧げた神霊の飯
どんな伝承か
菅江真澄が男鹿で書き留めたところでは、正月二日に、握り飯に箸を刺し、大根や海藻などを添えて箸の間に並べ、梁の高いところに捧げておいた神霊の飯を、その家の一族が集まって下ろし、仏前に供えた。祝いの瓶に濁り酒を注いで毎日手向け、親神を祭るといって亡き親の霊を呼び招いたという。著者は、ミタマの飯がもとは高い梁の上に供えられ、やがて仏壇や先祖祭りと結びついていく道筋がここに見えるとしている。
原典より
二日 神霊の飯といって、握り飯に箸をさしたのと、それに大根・滑藻などをとりそえ、箸のなかにならべて、梁高くささげてあったのを、…—— 厄除け――日本人の霊魂観(佐々木勝・民俗学・厄除け信仰・1988年(昭和63年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
厄除け――日本人の霊魂観(佐々木勝・民俗学・厄除け信仰・1988年(昭和63年))
『厄除け――日本人の霊魂観』は、佐々木勝が昭和六十三年に名著出版から刊行した民俗信仰の論考集である。鬼・悪魔・疱瘡神・一つ目小僧など人に災いをもたらす神霊を「厄神」と総称し、その来訪を防ぐ呪術と祀り上げる祭祀を、著者の民俗調査と国学院大学民俗学研究会の採訪記録などの事例から説く。禁忌と呪術、百鬼夜行と目籠、鬼の宿と笹神様、年神とミタマの飯、厄年と年祝い、正月行事と司祭者など八章からなり、うち四章は書き下ろしである。