金儲地蔵になった繋峠の地蔵
どんな伝承か
岩手県と宮城県の県境、唐桑村と鹿折村との境の繋峠という所に、一基の地蔵尊が立っている。元禄宝永の頃、この峠に夫婦の六部が通りかかった。妻がにわかに産気づいて赤子を産んだので、夫は世話を求めて鹿折の方へ下り、人を頼んで戻ると母子の姿は消えていた。そこで六部は母子の後世安楽を願ってこの地蔵を建てたという。その後、悪戯者が地蔵を沢へ転がし落としたが、明治になって沢の地蔵が峠の下の茶屋の主人の夢枕に立って在所を告げ、再び峠へ運ばれた。同三十四年、馬喰が痩馬が百両で売れたら覆いをかけると戯れに言い、実際に売れたので金儲地蔵として世に響いた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐々木喜善全集 1(佐々木喜善・佐々木喜善全集・1986年(昭和61年))
『佐々木喜善全集 1』は、佐々木喜善の著作を遠野市立博物館が編集・発行し、昭和六十一年に刊行した全集の第一巻である。岩手県の遠野・江刺・紫波・岩手などで聞き集めたザシキワラシの話、昔話、伝説を、村の古老や知友からの聞き書きと手紙による報告をもとに収める。「奥州のザシキワラシの話」「江刺郡昔話」「紫波郡昔話」「東奥異聞」「老媼夜譚」「聴耳草紙」に小篇を加えて並べ、巻末に遠野市教育長の跋と奥付を置く。