蕨の渋を消したという旅僧の地蔵尊
どんな伝承か
昔、天辺に七十を過ぎた尼が住み、毎日地蔵を拝んでいた。承久三年の十月ごろ、時雨のあとの寒い日に旅の僧が訪れて一夜の宿を求めた。あばら家だからと断ったが、出家の身に苦しいことはないと言われて泊めた。翌朝、蕨餅を出すと僧はおいしそうに食べ、蕨の渋が多くて困ると尼がこぼすと、霊験のある地蔵尊を笈から出し、一心に仕えればこの山の蕨の渋は消えると告げて去った。その年から山の蕨は渋がなくなった。天正年間、佐倉城主の千葉邦胤がこの蕨を献上されて喜び、荒れ寺に宝寿院の名を与えたと伝わる。
原典より
以来、尼さんは、一心にこの地蔵さんを尊信したが、その年からこの山の蕨には渋がなくなったといいう。—— 佐倉市史 民俗編――伝説・怪異(佐倉市(編)・佐倉市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐倉市史 民俗編――伝説・怪異(佐倉市(編)・佐倉市史)
『佐倉市史 民俗編――伝説・怪異』は、千葉県佐倉市の市史の民俗編のうち、第七章「民俗知識」と第八章「口承文芸」の伝説の節である。市内で採録した吉凶の予兆やまじない、民間薬、天気の言い伝えと、狐や狸の化かし、デーダラボーの足跡、岩富の首なし塚、天狗、狐火、印旛沼のカワボタルなどの伝説を収める。伝説は文化財保護委員会の分類に倣って自然伝説・歴史的伝説・信仰伝説に分け、終わりに村々の禁忌を置く。