寝ずの番所から生まれた鼠宿の名
どんな伝承か
坂城町の鼠宿という宿名は、戦国時代にこの地へ寝ずに見張りをする番所が置かれ、それを寝ず見と呼んだのが、いつしか鼠宿と書かれるようになったものだと伝わる。鼠宿は北国街道、加賀街道とも呼ばれた道筋の宿で、すぐ南の岩鼻は街道随一の険所として知られ、加賀金沢城主の前田侯は参勤交代のたびに難所を心配し、無事に通過すると飛脚を飛ばして金沢へ報告させたという。岩鼻一帯は蛍の名所でもあり、信濃奇勝録には夏至の頃に三夜だけ蛍合戦があったと記されている。
原典より
また鼠宿という宿名は、戦国時代ここに寝ずに見張りをする番所があって、寝ず見といったのが、いつのまにか鼠宿と書くようになったともいわれている。—— 坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説(坂城町(編)・坂城町誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説(坂城町(編)・坂城町誌)
『坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説』は、長野県坂城町の町誌上巻(自然編・民俗編)から、民俗編の数章を抜き出したものである。祟る所や神罰、ヒトダマ・狐火などの怪異、魔除け、植物の禁忌といった俗信を地区ごとの事例として番号を付けて並べ、続いて甘利さま、天田長者とほうず池、苅屋原の七不思議、貉和尚、夜泣き石など三十余りの伝説を収める。伝説の章は調査員の調査をもとに、以前の調査記録も二、三篇併せて載せる。