乙の城平で馬を襲った大蛇
どんな伝承か
中之条小学校の学有林だった所は乙の城平と呼ばれ、石の祠のある小高い平地に村上義清の城があったと伝わる。ある夏の暑い日、城を見回りに来た義清の一行は大雨に遭って泊まることになったが、義清は胸騒ぎがして眠れず、目の前が何度もぴかぴかと光る。家来に調べさせると、厩につないだ十数頭の馬がみな血に染まって倒れていた。義清は翌朝葛尾城へ引き上げ、残った守将たちが探すと、城下の不動さまのそばの穴からうなり声がする。槍で突くと大蛇が苦しみながら現れ、たちまち姿を消した。義清は二度とこの城に来ず、今は馬を弔う墓が残るという。
原典より
よく見ると全部の馬が血に染まって倒れているではないか。—— 坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説(坂城町(編)・坂城町誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説(坂城町(編)・坂城町誌)
『坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説』は、長野県坂城町の町誌上巻(自然編・民俗編)から、民俗編の数章を抜き出したものである。祟る所や神罰、ヒトダマ・狐火などの怪異、魔除け、植物の禁忌といった俗信を地区ごとの事例として番号を付けて並べ、続いて甘利さま、天田長者とほうず池、苅屋原の七不思議、貉和尚、夜泣き石など三十余りの伝説を収める。伝説の章は調査員の調査をもとに、以前の調査記録も二、三篇併せて載せる。