自閑翁が百日の苦行をした百日平
どんな伝承か
網掛の越戸の手前、蚕影さんとのあいだのくぼ地は百日平と呼ばれる。宝永年間のころ、信心深い自閑翁が長年の願いをかなえて供を一人連れ、西国巡礼の旅に出た。三十三か所の霊場をめぐって札所ごとの印を受けて村へ戻ると、家の前の山のくぼ地に庵を結んで座禅に入り、札所の神仏への感謝と祈りの百日の苦行を積んだ。そのころ各地は大洪水や飢饉、疫病の流行など多くの災いに見舞われたが、この地は神仏の加護で難を逃れたといい、それからこの場所を誰からともなく百日平と呼ぶようになった。翁の没後、人々はその徳を慕って小さな碑を建てた。
原典より
またこのころ各地に大洪水・飢饉・悪疫の流行等幾多の災害に見まわれたがここは神仏のご加護により災を免がれることができた。—— 坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説(坂城町(編)・坂城町誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説(坂城町(編)・坂城町誌)
『坂城町誌 上巻(民俗編)――伝説』は、長野県坂城町の町誌上巻(自然編・民俗編)から、民俗編の数章を抜き出したものである。祟る所や神罰、ヒトダマ・狐火などの怪異、魔除け、植物の禁忌といった俗信を地区ごとの事例として番号を付けて並べ、続いて甘利さま、天田長者とほうず池、苅屋原の七不思議、貉和尚、夜泣き石など三十余りの伝説を収める。伝説の章は調査員の調査をもとに、以前の調査記録も二、三篇併せて載せる。