霊夢を受けて熊野を勧請した社人
どんな伝承か
『白河風土記』によれば、旧高林村の鎮守は熊野権現神社で、別当は高照寺、社家は小川蔵人、祭日は九月十九日であった。延享三年の『高林神社由緒書』には、永禄元年に社人の小川内記が霊夢をこうむり、紀州の熊野から勧請して高林・小川・柿之内の三か村の惣鎮守にしたと記されている。明治の『神社明細帳』では村社は熊野神社、祭神はイザナギノミコトほかで、祭日は十月十四日となる。権現号が改められたのは神仏分離の結果である。旧暦九月十九日に祭りが行われていたころは、五組あった柄切講のうち一組が当前となって神楽を上げた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
天栄村史 第4巻(民俗編)――憑依と怪異・呪術(天栄村(編)・天栄村史)
『天栄村史 第4巻(民俗編)――憑依と怪異・呪術』は、岩瀬郡天栄村が編んだ村史のうち民俗を扱う巻である。第八章「信仰伝承」では、旧村ごとの鎮守と鎮守以外の神々、寺院・仏堂・修験、家や生業の神々、道切りなどの呪術と禁忌、口寄せをするワカドノ、キツネツキ、オシンメイサマ、小豆洗いなどの妖怪、講を扱う。『白河風土記』や明治十一年の神社明細帳の記載と土地での聞き書きを照らし、近世から近代への移り変わりを記す。