人身御供を絶った六郎と蛇塚
どんな伝承か
西九条町の倭文神社のかたわらに蛇塚がある。この村では古く、例祭のたびに子供を供えることになっていたが、差し出された子は決して戻らなかった。ある年、六郎という気丈な若者が身代わりを買って出て、宵宮の夜に宮の森へ置かれた白木の棺へ入って待つと、大蛇が現れたので斬り殺した。一説にはこれを弘法大師とする。村人は蛇の頭を宮の西に、尾を北に埋め、竜頭寺と名づけた。寺は今はないが、尾を埋めた塚だけが蛇塚として残る。町では秋祭に小麦藁で大蛇をこしらえて担ぎ歩き、十月十六日の祭で火をつける。神饌にも里芋の茎で作った蛇を供えるという。
原典より
西九条町の倭文神社のほとりにある。—— 奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史)
『奈良市史 民俗編――伝説』は、自治体史『奈良市史』民俗編のうち、第十一章「伝説」と巻末の「民俗資料」の冒頭を収めたものである。昭和三十七年から三か年にわたり市内各町の自治会長や古老、社寺を訪ねて集めた伝説に文献の伝えを加え、春日大社・東大寺・興福寺などの社寺や、吉備真備・俊寛・中将姫らゆかりの人物にまつわる話を収める。木・石・塚・水・山・森・社寺・人物・動植物・町名の十節に分け、一話ごとに題を立てて記す。