明暦の大火の亡者を弔った阿弥陀
どんな伝承か
東京の回向院の本尊、一尺一寸の阿弥陀如来は、恵心僧都の作で黒本尊と同じ体だといわれ、亡魂得脱如来とも称される。増上寺二十三世の貴屋上人が身近に拝んでいた仏で、明暦の大火で焼け死んだり溺れ死んだりした十万八千余人の亡者を回向するよう命じられたとき、幕府が仮の堂を建てさせ、この像を本尊として回向が行われたためという。
原典より
故に焼死溺死の亡魂得脱の如来とも称したり。—— 迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年))
『迷信の研究』は、富士川游が東京の中山文化研究所で監修し、昭和七年二月の緒言を付して世に出した迷信の解説書である。迷信を思考の錯誤ととらえ、その発生の由来を説いたうえで、身体・精神・疾病・妊娠と出産・育児・禁厭・相法・卜占・天文と暦・犯罪・宗教の欄ごとに迷信の事例を挙げ、科学的な説明を加える。同研究所の展覧会に使った説明のポスターをもとに簡潔にまとめ、巻末の奥書に参照した独逸と日本の文献を掲げる。